小倉万寿男のレディス・パターン・ラボラトリー

アパレル工業新聞にて好評連載中の小倉万寿男先生(Profile)による「レディス・パターン・ラボラトリー」。
その過去掲載記事の一部をご紹介致します。
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目次:アイロン・キュイジーヌ続・アイロン・キュイジーヌ前肩のサプライズ袖のツイスト袖のトロンプルイユ袖のメタモルフォーゼセビロは背広

袖のトロンプルイユ

「袖の眼」に観る騙し絵の世界

今回も前回に似た袖の写真からスタートします。袖の落ち着きや表情を左右する要因は実に多彩、様々な切り口から検証することが可能です。前回の袖の「捻り」に続き、「袖の眼」という形状が必然的に内包する袖の落ち着き、表情変化に関して述べることにします。拙著「テーラードスリーブ」以上の新展開はありませんが、捻りとは別の要因として改めて確認願います。


1 再度それぞれの落ち着き
前回と類似した写真ですが、前回とは基本構造的に異なるパターンです。様々な落ち着きの差異を見せる袖は、筒の捻り、捻れという操作とは別の意味合いのパターン、通称「袖の眼」の形状違いによる結果です。
このように並べてみると前回同様の捻りが入っている袖、捻りの無い袖、袖山の高さを変化させて据わり具合を変えた袖等パターン上の袖山部分の形状を変化させた袖のバリエーションと見えるかも知れません。しかし、結論を先に述べれば、そのような袖山部分や身頃袖ぐりの形状は全て同一、更に前回確認したような袖筒に対しての捻りの操作も皆無でこのような変化が生じました。前回とは異なる外観変化要因とは何か、検証を進めます。

袖のトロンプルイユ01
前回とは異なる要因による様々な袖の落ち着き。袖の眼という見かけが形状を大きく変化させる。

2 嘘八百のジョーク
袖のトロンプルイユ02
Aに対しBは袖山斜めの距離増加、Dは袖山高さ低減?。
二枚袖の表情や外観も色々、単純に良否を決めることは出来ませんし、逆に様々な意味合いを作り分ける技量も必要です。私の場合特に企画側からのリクエストが無ければAのような落ち着きを基本としています。
よりメンズライクに等の要望があれば、Aに対して袖山の斜めの距離を増やして、捻りが入ったような袖口が身頃側に接近したパターン(B)にしますし、外観ニュアンスより運動性、機能性重視との要望があれば、大きく落ち着きが変化しない程度にAより袖山を低く(C)設計します。
そんな風に左の写真を解説することが多々ありますが、このようなトワルを見せての説明には皆さん素直に納得して頂けます。その後、前述の説明は真っ赤な嘘、単なるジョークと告白しますが、要はそのような冗談がまことしやかに通るという背景は、誰しも袖の落ち着きを左右する要因が、袖山形状の変化と無意識に認識していることに他なりません。
しかし、改めて検証すると、その「当たり前」が錯覚と解ります。

3 我流・袖の認識
袖のトロンプルイユ03
この形状で袖ぐりと袖山を統一。
私の場合、いきなり袖の眼を含む製図や、紳士服的平面製図としての二枚袖を作るわけではなく、ストレートな原型として袖ぐりに合致する袖の山形状として作成します。
具体的には図のような図形として袖ぐりと袖山の相性を模索し、それが決まった段階で二枚袖等の袖のデザインを含んだパターンに移行して行きます。従って最初の段階では「袖の眼」という図形把握はありません。

4 袖の眼は『騙し絵』
袖のトロンプルイユ04
一つの袖山から様々な袖の眼が
先の図形で袖山形状を決定した後に、二枚袖製図のベースとなる袖の眼に移行します。
話は変わりますが様々な技術文献を当たると袖の眼も多種多様、レディス系とメンズ系では印象もかなり違います。もっともメンズの製図に袖の眼という概念は無いでしょうが、製図の内側縫い目を合致させるように反転すれば、形状そのものは認識可能です。
当然それぞれの理論と製図としての図形が存在しますが、逆説的に考えると私の決めた袖山形状を筒にし二つ折りに潰すと、様々な文献で良しとする袖の眼形状に近似するではありませんか。しかし見え方は違っても同一の袖そのものです。

5 違う袖 ? 同じ袖
袖のトロンプルイユ05
袖山部分は同じ。筒部分も同じ。ほぼ同一面積の見かけ違いの袖。
一つの袖山を筒にして様々な位置で折り変え、複数の袖の眼を作りました。Aは自分なりに基準としているような位置で折り、Bは後ろ側を極度に高くDはその反対に前側を極度に高く折りました。CはAとDの中程度という感じです。
このように並べてみるとそれぞれ全く異なる印象で、仮に平面製図的説明を行うとしたらBとDの図形を割り出す説明内容は袖山の高さと幅は共通でも随分と異なり、まさに正反対の解説ということになるでしょう。
しかし、この図形を何処か一カ所、例えば袖山合い印位置で分割し前後折り山線で付き合わせた図形に置き換えれば、全て同一の袖山形状でしかありません。単に袖の眼という図形上の見かけの違いだけで、構造的変化は皆無ということになります。更に下側の筒部分も前側折り山位置から内側縫い目を一定にし、縫い目に入れたダーツ分、袖口幅を同一に設定しましたので言葉の上ではこちらも同一条件、要はこのように様々に異なる印象を持つパターンですが、中身は同一、構造的変化皆無の状態で写真のような差異が生じています。

6 同一の中の相異
袖山もその下の筒部分も見かけは異なっても全て同一、しかし同じといっても、何かが違うから外観変化を起こすはずです。袖筒を軽く二つ折りにしてみると、その方向性の違いは更に鮮明になりました。改めてパターン図の表記方法を変えて確認すると内外縫い目の位置関係が異なることが解ります。
Aを基準に考えると外側縫い目BはAよりも縫い目が外側、逆にCは内側に、Dは更に内側に位置しています。相異点がこの一点と考えれば縫い目の位置が袖筒の方向性を規定しているとの推測が可能になります。
通常袖筒の落ち着きを変化させる要因は袖山形状の差異と考えら れますが、同一の袖山形状を用いても縫い目の位置関係だけで、このような変化を生むことになります。袖の眼という視点では正に騙し絵の世界と言った感じを新にします。

袖のトロンプルイユ07
同一とは言いながら、内外縫い目位置や身頃袖ぐりに対しての袖山位置などがそれぞれ異なる。
袖のトロンプルイユ06

7 別のツイスト
再度上の図を確認すると縫い目位置の変化に伴い、身頃袖ぐり上の袖山位置と、袖自身の袖山位置の関係もそれぞれ異なることが解ります。
しかし製図上どのような位置関係として描画しようと、袖底、袖山の合い印は身頃袖ぐりに設定した合い印の位置関係にしか付きません。その結果、的確な表現ではないかも知れませんが、ある種の捻れに似た現象を起こすことになります。縫い目が直線でダーツ分量を一切含まなければ何の変化も生じませんが、外側縫い目に取られたダーツは筒の落ち着きを規定し、その落ち着きと袖ぐりでの関係のアンバランスが生み出す外観変化、結果的に前号で確認した捻れに近い現象を起こしたということです。前回の捻れ、あるいは捻りに類似した外観変化になりましたが、言うまでもなく全く別の要因で起きる類似変化、時には製図という描画手順と数値の認識とは別の視点で試してみると、構造変化やロジックとしてパターンを考えることが出来るように感じます。

袖のトロンプルイユ8
紙で実験すると布と同様な変化が生じる。
袖のトロンプルイユ9
共通の袖ぐり合い印位置関係。

2007年3月号掲載

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